CTOのお誘いを辞退した話

先日、地方に住む友人が経営するスタートアップ企業のCTO就任の話をいただきました。
当初は話を受けるつもりでしたが、後述する「社会通念」に対する私の理解が足りないことが原因で心身を病みそうになったため辞退をしました。

社会通念とはなにか、私が何を体験したのか、淡々と読むのも退屈だと思いますのでクイズにします。

社会通念クイズ

ご厚意で指導していただいている方(以下、指導者)から以下の指摘をされたとします。

あなたは経営者に全く不向きです。
...略...がなければ、そもそもスタートにすら立てません。

私は以下の返事をしました。

経営者としてそもそもスタートにすら立てていないという危機感を持ち、この現状を打開するために必要なことを全て、謙虚な気持ちで学ばさせていただきます。

では問題です。
私の返事には社会通念上間違っている点があります。それはどこでしょう?
制限時間は5秒です。解らなければ指導者に叱られます。


ヒント
社会通念(しゃかいつうねん、英: Common sense)とは、一般的な考え方のこと。法律とは異なり、明文化はされていないことが多い。常識ともいう。社会通念 - Wikipedia











答え

  1. 「謙虚な気持ち」は不適切です。
    「謙虚」は相手に認められている時に使う言葉です。何も結果を出していない、相手に認められていない人が使うと煽りになります。
    「自分はできているんだけど、指摘をちょっと受け入れようと思います」と相手に伝わります。

  2. 「危機感を持ち」は不適切です。
    危機感は、「これまで良好だった状態に問題が発生した状況や、物事が悪い方向へ転じそうなときに浮かぶマイナスな要因を危ぶむ感覚・感情」です。スタートにすら立てていない状態は良好ではないのでおかしいですね。
    「特に問題なく良好な状態だけど、気を引き締めます」と相手に伝わります。

  3. 相手から指摘されたという点が抜けています。
    まるで自分で気づいたかのような言い回しです。相手は蔑ろにされていると感じます。
    「ご指摘をいただき、経営者としてスタートにすら立てていないという自覚をもちました」などが適切です。



指導者「(上記のように)相手には伝わるんだよ。こんなんキレられて当然だよなあ」
私「はい。そのように伝わってしまい申し訳ありません」
指導者「「伝わってしまい」じゃねえだろ!そう伝わるんだ!というか文章でそう書いてあるだろ!!! こっちの読み取り能力のせいか?と思わされる」
私「はい、申し訳ありません........」

厳しい状況

私は上記のような間違いを含む発言やメールを何度もして、何度も叱られました。

正確な言語伝達能力は同質の人間関係の中だけでは育まれないことを教わりました。外とのやりとりがほとんどなく、社内のエンジニア同士でしか会話しない私には身に付いていません。
指摘されたことを正確に理解できない、そして(正しいかも分からない)自分の解釈を相手に正確に伝えることができない状況は、挫折とはレベルの違うショッキングな出来事でした。
今まで自由に操っていたはずの日本語は、得体の知れないものに変わりました。

私の弱さ

どれだけ叱られても、「努力すれば必ずこの状況を打破できるはずだ」と自分を信じることができており、精神面は安定していました。
それでも身体は無意識にストレスを感じていたのでしょう、段々と異変が出始めました。最終的には吐き気・腹痛・不眠などの症状が出始め、「このままでは死んでしまう」と妻が泣いて心配するほどでした。*1

身体の不調が現れると、精神も弱くなってくるものですね。さまざまな疑念が浮かんできます。本当に努力を続ければこの状況は改善するのだろうか?このままだと身体の状態は悪化するのではないのか?やはり自分はCTOに向いていないのではないのか?

それまで精神を根っこから支えていた「自分ならできる」という張り詰めた糸が、「もしかしたら無理かもしれない」という一瞬頭をよぎった考えによって「プツン」と切れたのを感じました。
一度切れてしまった気持ちはもう元に戻ることはなく、自分を信じられなくなった私はいただいた話を辞退しました。

後日談

さて、上記のクイズをエンジニアの同僚に出してみましたが誰も分かりません。
(同質の人間以外との関わりが多い)ビジネス企画の同僚にも聞いてみましたが分からないようです。
社会通念 = 常識であるはずなのに、誰も分からないのは一体どういうことなんだ?と考えていたときに、以下の文章を読みました。

そして、一廉の人物が自分の仲間になるかもしれないと思って教育をするとき、そこには莫大な常識が流れます。その常識を横から掠め取るだけでも相当なものです。
引用元:Twitter で医師を拾ってきて Google のソフトウェアエンジニアにするだけの簡単なお仕事 - 白のカピバラの逆極限 S.144-3

なるほど....!
私はここで言われているような「常識」を横から掠め取ったのだと理解しました。
医学部であったり、研究室であったり、googleであったり、それぞれの場所にそれぞれの常識があるわけです。いや、言われてみれば当たり前すぎることなのですが、私はずっと気づけませんでした。新しい概念ではなく誰もが知っている日本語や文化に関するものだったからかもしれません。

私が掠め取った常識は、(地方で)ビジネスを行う経営層水準の常識でしょう。経営知識ではなく、経営層なら当然知っている社会人としての常識だと思います。
私に足りていない社会通念とはこの常識を指していたのか、と後になってから理解をしました。

まとめ

30にもなって本気の教育を受けるというありがたい経験をしました。
半月ほどでしたが、見ず知らずの人間を指導してくれたことに感謝をしています。*2
そして「鍛えがいのある良い人材だ」と評されて、時間もエネルギーも奪って指導していただいたのに、期待に応えられず失望させてしまったことを思い出すと辛くなります。

今は気持ちを切り替えて、目の前のことを一つ一つ頑張っていきます。




おまけ1

友人(メガバンク勤務)にクイズを出したところ正解していました。それどころか、

  • 「全て」だと「全部教わるつもりかよ、そもそも何が必要かまだわかってないだろ」と思われる
  • 「させていただく」は許可をもらうときに使う言葉だから、「学ぶ許可を求めるなよ」と思われる

こういう指摘を毎日されると言っていました。銀行の厳しさの一面を知りました。

おまけ2

友人(五大商社勤務)にクイズを出したところ、全て意味がわからなく、

  • 1~3全て論破できる
  • 特に2は相手の主観で物を語ってる前提が許せない

と言っていました。商社マンらしいバイタリティが感じられていいですね。


*1:「合わなかったら辞めて良い」と常に言われていたので、逃げ道は用意されていました。友人は何年もこの環境で過ごして成長しており、また合わない人は実際に辞めていたようなので、パワハラだとかブラックな環境ではありません。誤解のないよう念の為。

*2:指導者は誰なのかが気になるとは思いますが、特定を防ぐために詳細は伏せさせていただきます。